殺してもいい?、『ドラゴン・タトゥーの女』


 去年の秋ごろからあの衝撃的な予告編を見てからずっとずーっとその公開を楽しみにしてきたこの作品。トレント・レズナーとカレンOがカバーしたことによってよりエッジのきいた印象となった『移民の歌』は本編のOPでも使われ、どろどろとした液体がリスベットの顔やPCケーブルや震え咲く花となってうねる映像は圧巻。監督曰くリスベットの悪夢を表現したらしいが、こちらも何度も繰り返し見たくなる。しかし、正直言ってこれがこの映画の中で一番気分が高揚した瞬間だった。いや、十分面白かったんですよ?ただなんでしょうねこの鑑賞後に残る物足りなさは。あ、ちなみに原作もミレニアムシリーズもまったくの未見ですのであしからず。

 「誰がハリエットを殺した?」というキャッチでポスターやCMは流れ、それはそれはものすごく難解なミステリーが隠されていて観る者の予想を覆すようなトリックやどんでん返しが待っているに違いない!!と勝手に思っていたのですが、割と最初の方で犯人とトリックの予想がついてしまうし実際かなりあっさりと解決しちゃいます。連続猟奇殺人についてもあまり掘り下げることがなかったし。回想みたいな感じで犯人が暴行してるシーンとかぱっと入れてくれたらよかったのになぁ。個人的な希望だけど。ジャンルとしてはサスペンススリラーとされているのにスリリングさも少なめ。最後の方のミカエルが犯人の邸宅に忍び込んでからの一連のシーンが一番緊迫してドキドキするはずなのにそれもなく。ただスウェーデンの凍てつくような風景はすごく素敵でした。簡素で画一的な佇まいのヴァンゲル一族の邸宅もその清潔そうな見た目の裏に何かおぞましい陰謀が隠されていそうで。予告編を見すぎたせいで「あ、この場面はここか」という回収作業をする楽しみも。
 そして私が最も期待していた暴力&セックス描写が生温い。リスベットと後見人のブタ野郎のレイプシーンは観ていてふふっと喜んだのだけれどね。「アナルは好きか?」ってね。『セブン』のスパゲッティを死ぬまで食わされた男といい、フィンチャーはああいうブタ野郎を痛めつけるのが好きなんですかね。また、各方面から苦情の声が絶えなかった例のミカエルとリスベットのセックスシーンのモザイク。いやいやいやいや!!なにあれwww吹き出しそうになったよ。ギリモザ職人を呼んで来い!!まぁあれは監督の意図ではないにせよかなり興ざめでしたね。あのシーンてミカエルとリスベットの関係を構築する割と重要なシーンなんじゃないの?なんであんな雑なモザイク被せたの?ねぇ!!

 一方、二人の主人公の役作りはとても素晴らしかったと思います。なんといってもルーニー・マーラ演じるリスベット!病的な色の白さとぱつぱつに切られた黒髪に真っ黒な衣装。ゴスというかエモというか。毎回変わる凝った髪型もどうなってるんだこれ?って。驚いたのは鼻、眉毛、唇などのピアスってあれ本物なんですね?穴を開けなくてもうまいこと付けられるんだと思ってたけど、パンフレットを読む限りでは実際に開けたらしく。女優なのに顔に穴開いて大丈夫なんですかね?化粧で隠せるのか。そういった見た目だけじゃなく中身もすごく複雑で不安定で繊細な人間であることがよく表現されていたと思う。また、ダニエル・クレイグ演じるミカエルは鼻の利く犬のような洞察力を持ったジャーナリストで、片耳と首に無造作に掛けられたメガネをすちゃっと装着する仕草は何かを発見した合図のよう。そしてミカエルが犬ならリスベットは猫。気まぐれでしなやかな動き、警戒心が強いけど一度心を許すとすり寄る。「ネコ!」と呼ばれていた(笑)野良猫がリスベットと入れ替わりになっているような気もする。リスベットの中性的で攻撃的なファッションを見れば察しのつくとおり、彼女はバイセクシャルである。原作を読んでないのでリスベットの過去についてはあまり詳しくないのだけれど、きっと何か性的な問題を抱えるような出来事があったんだろうと推測する。ビジュアル系やゴスパン系、エモ系ファッションを好む人間は複雑な性を持つ人が多い。変身願望があるので見た目を大きく変えることで自分が敵視するものに対して武装する。リスベットの場合、クラブで誘ったビアンの彼女に見せた微笑みやミカエルに自分からセックスを迫ったことを考えると、支配欲が強いのではないだろうか。だから後見人のブタ野郎のようにセックスを強いる者には牙を剥く。父親との確執も何かありそうだけれど本編ではさらっとしか話していないのでよくわからないけど、これからの続編で明かされたりするのだろうか?そしてミカエルとリスベットの関係がこれからどうなっていくのかも気になるところ。ミカエルが最初にリスベットの部屋に押しかけた時、彼女は強い警戒心を示すけどすぐにその必要がないことを悟り、彼に対する信頼を急速に増していったように見える。ベッドでもっと背中を触ってと言ったり、「殺してもいい?」May I kill him?とミカエルに問うリスベットは忠実なペットのよう。最後のシーンは切ないけど彼女らしいと思った。

 というわけで、ハリエットの犯人捜しは二人の主人公を引き合わせるためだけに使われた要素であって、あくまでも二人の人物描写に力を入れた仕上がりとなっている。監督自身もそういったようなこと言ってるし、まぁこれでいいのか。ただ、予告編やOPのどす黒く激しい衝動のようなイメージを本編にも期待して観に行ったこちらとしては肩すかしをくらった感は否めない。モザイクとかモザイクとかモザイクとか。

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